| 本気! 1巻(1987年 2月)
男は自己を失う事によって花を咲かせる、哀しい生き物です。
…動植物の世界においてもオスは、メスと子孫が生き残るために
命をささげる、そんな例も枚挙を問いません。
自分の心とは反対に人情より義理をとる…。あってはならない
戦争という暴挙の中でさえ男は義理をとるのです。 |
| 本気! 2巻(1987年 4月)
男は自己を失う事によって花を咲かせる、哀しい生き物です。
…動植物の世界においてもオスは、メスと子孫が生き残るために
命をささげる、そんな例も枚挙を問いません。
自分の心とは反対に人情より義理をとる…。あってはならない
戦争という暴挙の中でさえ男は義理をとるのです。 |
| 本気! 3巻(1987年 6月)
いろんな青春があっていい。
学問をつみ重ね、選ばれた人になってゆく青春。
そしてまた趣味に走る青春…。
時には極道の道にゆく青春だって、あっていいのです。
“青春”っていう言葉と同じ意味を持つ言葉をひとつ選ぶとしたら
“真摯”という言葉を選びます。真摯、つまり本気!
青春の次に来る季節を教えましょう。朱夏-あかい夏-といいます。 |
| 本気! 4巻(1987年 8月)
いろんな青春があっていい。
学問をつみ重ね、選ばれた人になってゆく青春。
そしてまた趣味に走る青春…。
時には極道の道にゆく青春だって、あっていいのです。
“青春”っていう言葉と同じ意味を持つ言葉をひとつ選ぶとしたら
“真摯”という言葉を選びます。真摯、つまり本気!
青春の次に来る季節を教えましょう。朱夏-あかい夏-といいます。 |
| 本気! 5巻(1987年 10月)
いろんな青春があっていい。
学問をつみ重ね、選ばれた人になってゆく青春。
そしてまた趣味に走る青春…。
時には極道の道にゆく青春だって、あっていいのです。
“青春”っていう言葉と同じ意味を持つ言葉をひとつ選ぶとしたら
“真摯”という言葉を選びます。真摯、つまり本気!
青春の次に来る季節を教えましょう。朱夏-あかい夏-といいます。 |
| 本気! 6巻(1987年 12月)
裏の世界で生きる人達を賛美する気持ちなど毛頭ありません。
ただ誰でも、男の胸の中任侠の気持ち、巣喰ってると
思っています。愛国、憂国の情などという言葉さえ、
苦笑される今の世の中、男気だけはひっそりと
爪といでおきたいと願っています。 |
| 本気! 7巻(1988年 3月)
裏の世界で生きる人達を賛美する気持ちなど毛頭ありません。
ただ誰でも、男の胸の中任侠の気持ち、巣喰ってると
思っています。愛国、憂国の情などという言葉さえ、
苦笑される今の世の中、男気だけはひっそりと
爪といでおきたいと願っています。 |
| 本気! 8巻(1988年 4月)
-失うものがなくなった時、男は強くなれる-。
それはうそです。そんな事で“死”まで突っ走るのは、
単なる自暴自棄愚かな行為でしかありません。
男はてめえの背中に、かくして守る物が
あるから強くなれるのです。
-強い男は、背中で守る物のため、自分を失ってゆきます。
何かにほれた男は、いつの世でもマゾヒストです。 |
| 本気! 9巻(1988年 7月)
-失うものがなくなった時、男は強くなれる-。
それはうそです。そんな事で“死”まで突っ走るのは、
単なる自暴自棄愚かな行為でしかありません。
男はてめえの背中に、かくして守る物が
あるから強くなれるのです。
-強い男は、背中で守る物のため、自分を失ってゆきます。
何かにほれた男は、いつの世でもマゾヒストです。 |
| 本気! 10巻(1988年 9月)
この世には種々の悪が存在します。どれもが人の欲、自分さえ
よければという欲が、引き起こしているような気がします。
でも真の欲は、一生・一度をどう美しく生きるかという事。
富でもなければ、虚名でもないのです。
汚(けが)れなく生きる事に、だれもが憧れているのですから。 |
| 本気! 11巻(1988年 11月)
この世には種々の悪が存在します。どれもが人の欲、自分さえ
よければという欲が、引き起こしているような気がします。
でも真の欲は、一生・一度をどう美しく生きるかという事。
富でもなければ、虚名でもないのです。
汚(けが)れなく生きる事に、だれもが憧れているのですから。 |
| 本気! 12巻(1989年 2月)
恋に流す涙 恋水(こいみず)といいます 恋が水になって
流れてしまって 人は過去を 忘れるのでしょうか
泣いて 泣いて 泣きつくして もう流す涙さえ
なくなってしまって 空っぽになって もう生きる事さえ
わからなくなる
だからでしょうか ナキガラという 言葉があります |
| 本気! 13巻(1989年 5月)
恋に流す涙 恋水(こいみず)といいます 恋が水になって
流れてしまって 人は過去を 忘れるのでしょうか
泣いて 泣いて 泣きつくして もう流す涙さえ
なくなってしまって 空っぽになって もう生きる事さえ
わからなくなる
だからでしょうか ナキガラという 言葉があります |
| 本気! 14巻(1989年 8月)
希望とは、希(まれ)な望みと書きます。
未来とは、未だ来たらずと書きます。
夢さえも、やがて一瞬の男気に
生きたいと思います。
希望も未来も夢も、不確かなものだとしたら、せめて
ひとつの形容詞を冠にしましょう。
色あせぬ希望。色あせぬ未来。色あせぬ夢。
また、くたびれるくらい待っても 色あせぬ青春を…。 |
| 本気! 15巻(1989年 11月)
希望とは、希(まれ)な望みと書きます。
未来とは、未だ来たらずと書きます。
夢さえも、やがて一瞬の男気に
生きたいと思います。
希望も未来も夢も、不確かなものだとしたら、せめて
ひとつの形容詞を冠にしましょう。
色あせぬ希望。色あせぬ未来。色あせぬ夢。
また、くたびれるくらい待っても 色あせぬ青春を…。 |
| 本気! 16巻(1990年 1月)
人それぞれ、美学を持っています。
いや、人間の行動、想い、すべてが美しい事のように思うのです。
前に出る事も、後ろに引く事も、みんな美しい行為、
想いなのです。
行為、想いと書きました。このふたつが、相反する場合も、
もちろん数多くあります。
君は、行為の美学をとるか?
想いの美学をとるか? |
| 本気! 17巻(1990年 4月)
人それぞれ、美学を持っています。
いや、人間の行動、想い、すべてが美しい事のように思うのです。
前に出る事も、後ろに引く事も、みんな美しい行為、
想いなのです。
行為、想いと書きました。このふたつが、相反する場合も、
もちろん数多くあります。
君は、行為の美学をとるか?
想いの美学をとるか? |
| 本気! 18巻(1990年 7月)
人それぞれ、美学を持っています。
いや、人間の行動、想い、すべてが美しい事のように思うのです。
前に出る事も、後ろに引く事も、みんな美しい行為、
想いなのです。
行為、想いと書きました。このふたつが、相反する場合も、
もちろん数多くあります。
君は、行為の美学をとるか?
想いの美学をとるか? |
| 本気! 19巻(1990年 10月)
人にとって、自由を失うときが一番の苦しみという
意味なのでしょう。
罪を犯した人々の自由を奪うため、獄につなぎます。
つらい何年かを過ごしたはずなのに、懲りない人々は、
又、罪を犯します。
肉体の自由を奪う事には耐えられるという意味なのでしょうか。
方を越える喜びが肉体の自由を越えるのか。悪の細胞は
滅びないものなのか、憂いながらも…。
決して想いの自由を奪われてはなりません。 |
| 本気! 20巻(1990年 12月)
人にとって、自由を失うときが一番の苦しみという
意味なのでしょう。
罪を犯した人々の自由を奪うため、獄につなぎます。
つらい何年かを過ごしたはずなのに、懲りない人々は、
又、罪を犯します。
肉体の自由を奪う事には耐えられるという意味なのでしょうか。
方を越える喜びが肉体の自由を越えるのか。悪の細胞は
滅びないものなのか、憂いながらも…。
決して想いの自由を奪われてはなりません。 |
| 本気! 21巻(1991年 4月)
人は永遠に愚かなのでしょうか?
また戦争をひき起しました。
自分だけにかかわる事なら、自分だけが卑しめられ、
辱められるなら引く事も可能なのでしょうが、
守るもののため、戦いを起こします。
きっとそれを大義とよぶのでしょう。
大義は人間のつくった一番愚かなものでしょうか? |
| 本気! 22巻(1991年 5月)
本気が映画になりました。
東映作品です。
読書の情熱が、出版社の情熱が、映画関係者の情熱が
ひとつの潮(うしお)になりました。
是非、観てください。
きっとそこには、本気を通して知りあった、
ぼくと読者達との潮騒が聞こえると思います。 |
| 本気! 23巻(1991年 6月)
これで23巻になります。
よくぞ描いてきたという思いと一緒に、
まだまだ描ききれない思いが、重なります。
人を愛する事が、辛い事であるはずないのに、
時として、悲しみはつきまといます。
でも…。
愛する事が産む悲しみなら、悲しみもまたいい…。 |
| 本気! 24巻(1991年 8月)
合掌…。 |
| 本気! 25巻(1991年 10月)
人が学ばなければいけない事はいくつもあるのだけれど、
時には、一番美しい想い出や、一番大切な人を、憎む事を
学ぼうとする事。
それを、別れと言います。 |
| 本気! 26巻(1991年 12月)
組織とは、個人の足りない力を補いあい、それ以上の力を
求める事です。人は一人では弱い事の証明ではありますが、
すべての生物、群れあう事でその種が存在します。
動植物が単体では、命と呼ばないとしたら、
人もまた、単体では成り立ちません。
地球上の人間、すべてが手を取りあえば、それは大きな命。 |
| 本気! 27巻(1992年 1月)
組織とは、個人の足りない力を補いあい、それ以上の力を
求める事です。人は一人では弱い事の証明ではありますが、
すべての生物、群れあう事でその種が存在します。
動植物が単体では、命と呼ばないとしたら、
人もまた、単体では成り立ちません。
地球上の人間、すべてが手を取りあえば、それは大きな命。 |
| 本気! 28巻(1992年 4月)
久美子の病気を白血病とは一度も書きませんでした。
この物語を描き始めたときは、不治の病と言われていたからです。
でも、今、骨髄移植という治療法も生まれ、患者が救われる
ようになりました。そして、より多くの患者が救われるよう、
骨髄バンクが設立されました。
移植の前提となる提供者(ドナー)と患者のHLA(白血球の形)
が適合しなくてはならないからです。
ドナーが5万人になれば、8割の患者に適合がみつかるのです。 |
| 本気! 29巻(1992年 6月)
不治とされた病が不治でなくなった感動は、患者さん
その親族以外、我々にとっても大きな喜びです。
今、始まったばかりの日本における白血病、骨髄バンクが
欧米のような実績をつくっていく事、心待ちにしています。 |
| 本気! 30巻(1992年 9月)
人は一瞬の瞬きの時の中、生きて死にます。
この一瞬の生を大切に生きる人もいます。
自然のすべても一瞬の生を生きます。
人とひとつだけちがう事は、つまらなく生きる自然は
ないという事。 |
| 本気! 31巻(1992年 12月)
飛行機事故も、飢餓で亡くなってく子供たちの事も、
どこやらの地震で亡くなった人々の事も、自分から遠い命の事と
冷静にニュースを見ます。
この冷たくて静かだという言葉に、切なさを感じます。
自分の身近な命の事なら、人は熱く動くのに……
遠い命にも熱動したい。 |
| 本気! 32巻(1993年 2月)
失われてゆくものに、人は拍手をためらいます。
失われてゆく自然
失われてゆく生命
失われてゆく若さにも
…でも、立原は失われてゆく時間に拍手を送ります。
努力した時間なら、過ぎてゆく時間、すべて美しく、
恋しいのです。 |
| 本気! 33巻(1993年 4月)
青春(青い春)の次ぎに来る言葉は朱夏・朱(あか)い夏と
以前書きました。
次ぎに来る季節は、もちろん秋。
白秋といいます。
『本気!』の物語も白秋に足を踏み入れたように感じています。
白秋の次ぎに来る冬。
冬は何色なんでしょう? |
| 本気! 34巻(1993年 6月)
『本気!』を見て骨髄バンクに登録した読者がいます。
それだけでも、この漫画が存在した意味があったと
感動しています。
全世界、移植の事故は(それも麻酔による)たった二例、
恐れる事は何もありません。
立原あゆみもバンクに参加します。同志よ。心優しき人よ奮え。 |
| 本気! 35巻(1993年 9月)
天体望遠鏡を買いました。小学生の頃みた土星の輪、
またみました。変わらず土星の輪がありました。
肉眼で土星の輪を見る事、おすすめします。
たしかにあるんです。とうに知ってる事なのに
どうしようもなく感動します。知識として知っていても
実感のないもの、他にもたくさんあると気付きました。
人の心だって、まだまだ……。 |
| 本気! 36巻(1993年 11月)
心とは、コロコロ変わるからココロと言うと、昔聞きました。
ローリングストーンって知ってるね。“転がる石に苔つかず”。
いつもきれいだって意味だと考えたら、心変わりする事も、
きれいな事かもしれないね。 |
| 本気! 37巻(1994年 2月)
人が平和を願うのは、先に未来があるからです。
命が命を受け継いでいく事へのあこがれ……。
人としての種が存続していくための平和を望んでいます。
レッドデータの動物たちは、どのように滅んでいったのか、
そんな事が頭をよぎります。
あれだけ賛否大騒ぎしたPKOさえ、記憶から薄れています。
人類が、また一歩レッドデータに近づきます。 |
| 本気! 38巻(1994年 4月)
何年か前、佐渡を旅しました。かつて流刑の島であった事が、
一番の興味でした。
ここから抜け出られた人は、
どのくらいいるのだろうかと日本海を見つめました。
小舟での脱出は、それはつらい道のりだったろうと…。
流人たちの刑罰。今の法なら、まったくの無実だった事も
数少なくないはずです。
今の法も、やがての無実を多く裁いているかもしれません。 |
| 本気! 39巻(1994年 9月)
夢がいつかさめるものなら、悲しい現実は
眠れば消えるのかもしれません。
何度もの眠りの中、少しずつ忘れてゆきます。
そして、想い出になります。 |
| 本気! 40巻(1995年 1月)
青い春、朱(あか)い夏、白い秋。3つの季節の色
紹介しました。次ぎに来る冬。冬の色は黒です。
黒、そのまま使わず黙冬(もくとう)といいます。黙る冬です。
死を意味するのでしょうか。
この言葉、お伝えするという事は「本気!」
の終結も近いという事でしょうか。 |
| 本気! 41巻(1995年 3月)
辛いという字は
もうちょっとがんばれば
幸せって字になると
教えられました。
しばし感動……気が付かなかったね。
忙しいという字は
心(りっしんべん)を亡うと書くね。
立原は忙しいです。 |
| 本気! 42巻(1995年 5月)
満天の星空という言葉があります。
常識として、空を見上げて、
全部の星、数えられないなんて思います。
でも、肉眼で、見える星たちは約3千個。
それじゃ、数えられるじゃん。
満天の星が、数えられる時間が
自分たちにあるとしたら、
一生の間、何か意味ある事
できるような気がします。 |
| 本気! 43巻(1995年 8月)
ゆうべ見たテレビの中で、アマゾンの漁師の言葉、
深く感じました。
“夢は?”の問いかけに
“漁をして、命を奪ってきた自分に幸せなどこない。”
“このまま、漁を続け、ここで死んでゆく。”
人は生きる事で罪を重ねているのでしょうか。 |
| 本気! 44巻(1995年 10月)
さんずいに毎と書いて海。水と音をしめす毎とをあわせて
深い水をあらわすと聞きました。
毎は、草の芽と母(子を産み増やす)
草がさかんに増える事、次々とふえていく意もあります。
海の毎は次々と産まれる潮騒をさしているようにも思えます。
さんずい(水)に毎で海。
なのに、人に毎をつけると、侮(あなど)る になります。
なんか悲しいね。 |
| 本気! 45巻(1995年 12月)
傷ついた人が、あてのない旅をゆくとしたら多くの場合、
北をめざします。
北帰行。(立原は少なくともそうです。)
何故なのかな。温度が下がる方へ行く事で心の冷たさが
薄まるのか。極に近い方へ引かれるのか。
だとしたら、地球の反対に住む傷負い人は南帰行するので
しょうか。 |
| 本気! 46巻(1996年 2月)
立原もひどいいじめられっこでした。小学校4回・中学校2回の
転校のせいか、立原の性格のせいなのか。友人をこわいと思う
気持ちからか、未だ何人かの親友しかおりません。
立原は死を選びませんでした。「いつか!」という言葉を
胸の中で唱えながら大人になりました。
いじめた友人のフルネームを今でもいえます。
でも、ひとつだけ違った事は「いつか、しかえしを…」が
「いつか、本当の友人に…」に変わっています。
もうひとつ、「たくさんの友人を持ってるという人は、
ひとりもいないのと同じだ!」えらーい人の言葉です。 |
| 本気! 47巻(1996年 4月)
森を取材中、雪の道を見つけました。
それは、ふいに冷たい風と共に、はるか前方からやってきました。
何かがやってくる。目をこらす私の眼前に雪の粒が、ふいに
あらわれたのです。
雪にも道がある。それは、新しいおどろきでした。
すべての物に道がある。もう一度くりかえす日々です。 |
| 本気! 48巻(1996年 7月)
カバーの風景は
もうありません。
渚橋のモデル船橋も
十年のうち変わりました。 |
| 本気! 49巻(1996年 9月)
マジの語源は真面目からきたのでしょう。
真(しん)の面(ツラ)と目(め)。“マジ”という若者言葉が
流行った頃多くの場合、疑問符をつけてつかわれていました。
“マジィ?” 本当の事なのか? うそだろうというように。
立原はその疑問符を感嘆符に変えました。
!(ビックリマーク)です。真の面と目、それに気持ちを
加えました。そこで、ぶちあたった文字が本気でした。
今やマジという言葉、多くの人が本気と書きます。
立原がつくった、たったひとつのもの…そう記しておきます。 |
| 本気! 50巻(1996年 11月)
長い時間、自分の夢をおしゃべりしてたような気がします。
長い時間、読者(トモダチ)の夢を聞いていたような気も
しています。まだまだ語り足りないのですが、次の夢のため
「本気!」は完です。
この作品を通じてトモダチになった、決して顔をみる事もない
読者にまた逢いたい想いで一杯です。ね、必ず再会しましょう。
待ち合わせじゃなく運命みたいに出逢えたらいいね。
いつか どこかで 偶然に……。 |